生涯の戦いの中で一度として敵に後ろを見せたことがないといわれる北条氏康ですが、子供の頃はとても臆病だったと伝えられています。
氏康が12歳の頃、小田原に鉄砲が伝わりました。
さっそく、家臣たちは皆で撃ち方の練習を始めました。それを聞きつけた氏康も足早に様子を見に行きます。しかし、鉄砲のあまりに大きな音にとても驚き、茫然自失となってしまいました。
屋敷へ戻った氏康は、家臣の前で恥を晒したことを嘆き、小刀で自害しようとします。
これに気付いた近習がすぐに小刀を奪い取りますが、氏康は死ねなかったことを悔しがりました。
傅り役の清水という者が、氏康にいいました。
「優れた武士はものに驚いてこそ当然です。物事に敏感だからこそ驚くのであり、それはとても良いことなのです」
これを聞いた氏康は喜び、常に心構えをもって堂々とあるようにしました。
そして、武田、上杉、今川といった隣国の名だたる武将を相手に一歩も引かず、着実に領土を拡大していく名将へと成長するのでした。
氏康の顔にはしる二筋の刀槍傷を人は「氏康疵」と呼び、その猛将ぶりを称えたといいます。
鉄砲の音というのを聞いたことがないので、どれほど大きな音なのか想像がつきませんが、馬が驚いて立ち尽くすほどだといいますから、初めて聞けば驚くのは当然という気もします。